中標津こどもクリニックブログ

おなかリュック?

昨夜業務連絡をまとめて3つ書いたので、無関係なものを一つ。

この週末、所用で実家のある神奈川に行ってきたのですが、
電車に乗った時に以前よりもお腹側にリュックサックをつけている人
それも高校生などの若い人が増えているのが目立ちました。

混んだ電車の中でリュックを背負っていると、人間が一人立つだけのスペースを占領しますし、振り向いた時などには回転した本人の何倍ものスピードでリュックは回転します。
そのうえ背中には目が付いていないので、うっかり振り向いた時には運が悪いと斜め後ろの人のメガネを勢いよくぶっ飛ばします
最近では車内放送などでも協力を呼びかけていますが、まだまだ少数派です。

世の中には「文化」という言葉がありますが、面白いことに「おなかリュック」というこの文化、関西圏では関東に比べるとまだまだ浸透してないように見受けられます。
エスカレーターでの並び方一つとっても違うわけですから、地方差はあっても不思議はありませんが、都会の満員電車の中だけで成立するこの心やさしい分化が若い人たちを中心に広がってくれたら、日本はもっと暮らしやすい国になるのではないかと、おなかリュック文化のない中標津で夢見る次第です。


地方鉄道の悲哀

先日甲信越に出かけることがあり、その行程の途中で
松本駅から長野駅まで篠ノ井線(しののいせん)というローカル線の普通列車で移動しました。
篠ノ井線は中央本線と北陸新幹線開通前のかつての信越本線を結ぶ短絡路のような働きをしており、
新宿から来る特急「あずさ」は、中央本線を塩尻駅で外れてから松本駅まで篠ノ井線をわずか10kmちょっと走って松本で終着となりますが、
名古屋から来る「しなの」は塩尻から75kmほど篠ノ井線を走って終点の長野駅まで走ります。
線路は単線ですが、ローカル線とはいえ特急列車が一日15往復近く走っている主要な路線です。
走っている電車もちょっと前まで東海道線を走っていた211系電車で、ぜんぜん田舎っぽくないです。

ということで、特別な違和感も無く電車に乗り込んでビールと駅弁でつかの間の幸せを感じていたのですが、
車内の様子が、なんかおかしい
仕事帰り、学校帰りとおぼしき人たちで座れない人もいる運行でしたが、なぜか寒々とした感じがします。
よくよく車内を見渡すと、中吊り広告が無いのです。
厳密には1枚だけあるのですが、それはJR東日本からのお知らせで広告料を取ってのものではありません。
窓上の広告を張り込むスペースにも広告は1枚もありません。
唯一見かけたのは、ドアの戸袋の窓に張ってあるステッカー状の広告です。
日頃乗っていた、うるさいぐらいに広告で満たされた電車とはえらい違いです。

JR北海道の苦戦ぶりは皆さんご存知だと思いますが、ローカル線とはいえ主要な路線の電車に中吊り広告がまるで無いということは、他のJR各社も稼ぎ手の新幹線、特急、都市部の通勤電車以外では、やはり苦戦を強いられているのかと思うに至りました。
鉄道会社、みんな頑張ってほしいです。
ガンバレ!


母の日

ここ数年、母の日がある週末に『子どもの心研修会』という研修会があって、世間の動きから取り残されないようにお勉強に行ってます。
今年は会場が東京だったので、3年ほど前に「息子達の世話にはならない!」と宣言して入所した老人ホームにカーネーションを持って顔を出しました。
元気そうにしていましたが、先月『日本小児科医学会』のついでに寄った時にはそんなことはなかったのですが、16年前に夫(私の父ですが)が亡くなった事を忘れていました。
今や85才になったので仕方のないことかもしれませんが、
「ホームの暮らしも単調そうだしなぁ」
と思うと、長年連れ添った夫の最後を忘れさせてしまった責任の一端を感じて、ちょっと切ない気持ちになりました。
「北海道においでよ」
と誘ってはいたのですが、
「寒いところには行きたくない」
と言われてしまって諦めてしまった情けない次男です。
みなさんも、多少強引にでも出来る事は早目に行動して下さい。


タイヤショベル

本日、テレビニュースによると「二ヶ月ぶりのまとまった雪」が降りました。
いわゆる「彼岸荒れ」っていうやつです。
湿った重たい雪で、足腰にキツイ春の雪です。
そんな今日、当院ではタイヤショベルがデビューしました。
正式名称は「ホイールローダ」だと思いますが、地元の人はみんな「タイヤショベル」と呼んでいます。
ちなみにナチュラルイエローのボディーでおなじみの世界のKOMATSU、小松製作所のタイヤショベルなので「マツコ」と命名しました。
一足先に先月やってきた排雪作業用の軽ダンプの「ダン吉」とともにこれからの活躍が期待されています。
先週納車されたのですが、連休に出かけたりしたのでトリセツを読み込む時間も無く、思いのほか積もった重たい雪に突然の初陣となりました。
なにせ重量と馬力がありますので、うかつに扱うと舗装をはがしたり、壁を壊したりということが、いとも簡単にできてしまうのでビクビクしながら、慎重の上にも慎重を期して、「きれいにできなくってもいいから、しっかり確実にやろう!」とでっかい重機でチビチビと作業を開始しました。
チビチビでも重機は重機、すごい威力にただただ感嘆するばかりです。
その一方で「今までのあの努力は一体なんだったのだろう?」と感じる部分もありますが、感謝の気持ちを失わずに安全第一でこれからの除雪排雪に励む所存です。


二刀流

二刀流といえば、今や剣豪宮本武蔵ではなく、日本ハムファイターズ大谷翔平の代名詞となっています。
先日五十台半ばの私も「二刀流デビュー」をいたしました。

といっても、もちろん野球ではなく雪かきの世界です。
当院の駐車場が常にアスファルトを出しているのは、患者さんのためであることは第一ですが、その大きな理由は「次の雪かきを楽にする」という目的であります。

現在ホンダの中型除雪機を使って作業をしておりますが、自分の中での雪かきの基本は「ヘラに始まって、ヘラに終わる。」であります。
多い雪が降ったとき以外は幅90センチのワイドスノープッシャーで雪をかき集めて畝(うね)状にし、それを除雪機で一気に飛ばし、仕上げに残った雪をスノープッシャーで排除することによってアスファルト面をバッチリ出します。
後は顔を出したアスファルトが太陽光を吸収して、駐車場全体をドライ路面に仕上げてくれるのです。

そこまでやっておくと、次に雪が降った時には面一(つらいち)になったアスファルト上をひっかかることなくスノプッシャーで駆け抜けることができ、除雪時間が大幅に短縮されます。
入念な仕上げを怠ったり、積もった雪の上を自動車が通過して固まってしまうと、次のヘラ作業の時に引っ掛かってしまって作業が難航してしまいます。

そんなわけで、「意地でもアスファルトを出す」ということに心血を注ぐのですが、「しっかり仕上げよう!」とすると、少しばかりの雪でも「踏まれて固まって凸凹になるかもしれない。」と思うと、出動をすることになります。

一旦出動するとなると、雪の量がどんなに少なくても正面駐車場側の約600平方メートルの駐車場を仕上げるだけでも、面積をヘラの幅の0.9メートルで割り算すると666メートルとなり、スノープッシャーからどうしてもあふれてしまう雪の存在を考えるとその処理のために歩く距離は往復して倍になるので、寄せ集める作業だけで1333メートルを歩くことになり、折り返し点でのタイムロスなどを全く計算しなくても時速2キロメートルで作業をしたとしても40分は歩き続けることになります。
どんなに雪が少なくてもこれだけの時間歩き続ける必要があるのです。

この現実を目の前にして以前から
「どんなに少ない雪でも、完璧にアスファルトを出して次の雪に備えるにはこれだけの作業が必要になるんだ。それ以外の作業も沢山あるし、なんとか作業時間を短縮できないものか?」
と感じておりました。

そして、去る2月9日朝、「その時」は来たのであります。
朝目が醒めると前日からの雪がうっすらと積もっています。
わずかな雪ではありますが、アスファルトは見えず「積雪」ではあります。
できればしたくない雪かきではありますが、先々のことを考え重い腰を上げました。
雪かきを始めようとしたまさにその時、その日は敷地内数ヶ所に配置しているスノープッシャーが前回の作業工程の関係でクリニックの玄関にたまたま二つ重ねて置いてあることに気づきました。
その瞬間、頭の中で電球が光ました。
「二刀流だっ!」
早速二つのスノープッシャーを両手に一つづつ持ち、テレビでよく見かける新千歳空港の除雪チームのように少し重なるように並べて押してみました。
やってみるとテレビで見た通りの見事なフォーメーションプレーが展開されました。
今度はV字型にあわせてみるとスノープラウで大量の雪をかき集めるがごとく雪が運ばれてゆきます。
作業時間は大幅に短縮、二刀流大成功です。

でもただでさえ雪が集まってくると重くなる90センチ幅のスノープッシャー2枚を押し続けると、やっぱり相当疲れます。
当たり前か・・・


新聞配達の方、どうもありがとう

「何が何でも1日1ブログ」
みたいに追い立てられるのはいやなのですが、気になったことは間隔が無くとも発信いたします。

今日の朝の、ものすごくうれしかったことがありました。

今日は未明から雪がはらはらと降りだしたようで、念のために6時起きした時点では「一応やっておくか」という程度のつもり具合でした。
町内在住の方だったら「あの程度の雪では雪かきなんていらないでしょ」
と思われると思いますが、
当院の養護学校側の通路は日陰になっており、積もった雪が車などに踏まれて舗装にこびりついてしまうと、溶けてくれないのでなかなか取れません。
その後は日中に表面だけが溶けて、午後になって再度凍結し、見事にツルツルになります。
まがりなりにも小中学校の通学路になっているので子ども達がすべって転んではいけないと踏まれる前に必死に雪かきをしているのです。

そんなわけで今日も今日とて、まるで「レレレの掃き掃除」のような雪かきを開始しました。
養護学校側にある家玄関に来た時に「んっ?!」と立ち止まりました。
玄関に上がるほんの数段の階段に、わずかに積もった雪が掻かれた形跡があります。
一瞬何が起きたのかと思いましたが、すぐに状況を把握しました。
新聞配達の方が階段脇に置いてあった除雪用のへらで、自分が足を踏み込む部分の雪を除けてから階段を上られたと推測しました。
日陰の階段の雪を踏み固めてしまったら、購読者が滑ってしまう。」
という心使いがとてもうれしかったです。
私自身も小学校6年生から高校3年生まで新聞配達をしていましたが、こんなにも細やかな気持ちを持った配達員には出会ったことはありませんでした。

そんな方に毎朝新聞を届けていただいていると思うと、新聞を読むこと自体も温かく楽しいことのように思えます。
そんな気持ちにさせていただいて、本当にありがとうございました


スケボー

インフルエンザの予防接種でしばらく忙しくしていて更新できずにいました。
どうもすみません。
気まぐれな発信者ですが、今年もお付き合いください。

ついさっきの出来事。
クリニックの駐車場に車が停まったので、
でかい商売道具で家まで帰れないので、うちの駐車場に仕事用のタイヤショベルを置かせてあげてる近所に住んでいるオペレーターか来たかと思って、駐車場の照明を点灯して表に出たら何だか様子が違う。
いつも乗ってきている車とも違うし、若者三人がスケボーをしている。
「@@(件のオペレーター)の仲間かい?」
と尋ねると、3人ともきょとんとしている。
「どしたの?」
と、尋ねると、
「こんなに舗装が出ている場所は他に無いから」
と、スケボーをしにきたらしい。

常日頃
「中標津で2番目に舗装が出ている場所」
を自負している当院の駐車場ですが、(第一位は飛行場)
日頃の雪かき活動が評価されているようで、うれしい気持ちになりました。
「となりのバアサン寝てるかもしれないから、静かに楽しんでね。」
と言い残して照明をつけたままにしておいたら、しばらくしたらいなくなっていました。

やっぱり寒いよね。


写真

先日、鳥取県米子市で「日本小児科医会総会フォーラム」という大きなミーティングが開催されました。
日頃からお世話になっているとなり町の境港市(鬼太郎などの妖怪達が立ち並ぶ水木しげるロードのある町)の先生が、わずか4人の実行委員会の委員長になられたので、人手不足の明らかな現状に黙ってはいられず前日入りして運営のお手伝いに志願しました。
閉会式までいてしまうと、どう考えももはやその日のうちには中標津までは戻れるはずもなく、翌日も半日以上休診になってしまうので、「申し訳ない」と思いながらも「この際だから」と一日休診にして鳥取市まで足を伸ばしました。
というのは、子どものころから「一度は行きたい」と思っていた鳥取砂丘が見たかったからです。
中国山地の花崗岩(かこうがん)、千代川の流れ、日本海側の北西季節風、の三つの要素が偶然を越えた奇跡的な組み合わせとなり、数千年をかけて出来上がった巨大な砂丘は見るものを圧倒するすさまじい迫力があります。

砂丘自体もすごかったのですが、近くにあった「砂の美術館」がまた素晴らしかったです。
国立公園であるため持ち出し禁止の鳥取砂丘の砂は、その組成、粒子の大きさ、不純物の少なさから、水と一緒に枠に入れると見事に固まります。
まるで雪像作りをするときに枠の中に雪を詰め込むようなものです。
そして、できた大きな砂の塊をこれも雪像作りと同様にいろいろな道具を使って掘り込んでゆきます。
雪像作りと決定的に違うことは、砂像は一旦削りすぎてしまったり、突出した部分が折れてしまったら、「雪と水を混ぜてくっつける」といった修復が効かない事です。
細心の注意を払って作られた巨大な砂像が屋内に(雨にぬれると崩れてしまう)に配置された1年限りの作品群です。

そこで眼にした光景に若干の違和感を感じました。
スマホが広く普及するようになってから、景勝地、観光地、イベント、飲食店等々、あらゆるところで写真撮影をしている人を見かけます。
かつてのカメラは、「持ちフィルム」の数的制限がありましたが、スマホ時台の今では何枚取ってもコストがかかりませんから「食べ放題、飲み放題、撮り放題」状態です。
全ての砂像の写真を撮り、さらに自撮り棒で写真を撮り、といった作業を次々と繰り返してゆく方を数多く見かけました。
砂像のスケール感、迫力、質感はカメラには絶対に納まらないのだから、「もっとちゃんと観ればいいのに」と思うのですが、記録におさめることの方が優先事項のようです。
私達の町の開陽台もでも、多くの方がカメラを回したりしてパノラマ写真の撮影をしていらっしゃいますが、あの息を呑む風景を記録することは不可能です。
ライダー時代に多くのそんな風景に出会った私は、カメラに納めて自分のものにした気になるよりも、瞳を通して脳裏に焼き付ける方を選択しました。
毎年のように訪れた北海道でしたが、そのうちにカメラを持つことさえなく旅をしていました。

幼稚園の運動会や学芸会で、わが子の晴れ姿をビデオに納める事に全労力を費やしているご家族に対して、「リハーサルはどうぞ御撮影ください、本番は全体を観てください、公式映像はこちらで撮影します。」といった対応も今や珍しくはありません。
シャッターを切ることを否定するつもりは全くありませんが、せっかくなんだから「よく観てよっ!」と思うのであります。


七転び八起き

今日は管内某高校まで内科健診に行ってきました。
広い音楽室の一角に診察スペースがあり、残りの部分で生徒さん達が上着を脱いだりしてスタンバイをしています。
パーティションで区切られているために姿かたちは見えないのですが、生徒さん達の話し声が聞こえてきてだんだん大きくなってくると、養護の先生が注意して一瞬静かになり、しばらくするとまた賑やかになります。
そんな中で生徒さんのうちの一人が、ダルマの絵「七転び八起き」の文字を描いてあるTシャツを着ていました。
パーティション越しに聞こえてくる会話は
「七転び八起きって、おかしくない?」
「何で、7回転んで8回起きられるの?」
というものでした。
今まで何の疑問も感じずに「熟語」としてそんなもんだと思っていたのですが、そう言われてみると確かに変です。
文字の並びから「何度でも!何度でも!」という雰囲気はよく伝わりますが、確かに7回転んだだけでは、7回しか起きられません。
若者の素直な感性に驚かされました。
拍手です。


急行「はまなす」の思い出【後編】

打ち始めたうちにダラダラと長くなってしまって、「はまなす」に乗る前に【前編】が終わってしまいました。
いよいよ「はまなす」に乗り込む【後編】です。

新青森駅では素早くホームを走りぬけて改札を通過し青森駅までの一区間だけ乗る列車に向かい、青森駅で乗り換えに有利なポイントで電車に乗って臨戦態勢です。青森駅に着くやいなやダッシュで「はまなす」に向かいますが、残念ながら客車の数はいつもどおりで増結されている気配はありませんでした。「新幹線からこれだけ多くのお客さんが乗り継ぐのに大丈夫かよ?」と思いながら2両だけある自由席車両の1両目に乗り込むと、「残念、満席!」続いて2両目に移動するもこれまた「残念、満席!」万事休すです
その時、2両目の車両の中央付近に子どもがたくさん座っていることに気づきました。見るからにサッカー選手っぽいスポーツウエアーを着てお行儀よく並んでいます。
急行「はまなす」は青森駅を出ると次の停車駅は2時間半後に津軽海峡の向こう側の函館駅です。その後はチョコチョコと停車を繰り返しながら札幌に向かいます。
そこで「札幌から来たのであれば、さすがに鉄道の長旅は選択しないだろう。この子達は次の停車駅で降りるのではないか?」と考え、近くにいた子どもに「君たち、どこから来たの?」とにこやかに尋ねると「函館です。」と、予想通りの答えが帰って来ました。「この先2時間半は立っていなければならないが、このグループの真ん中あたりの通路に立っていれば間違いなく函館から先は座ってゆける」と、とりあえず函館から南千歳の5時間は座って行けることが保証されてまずはほっと胸をなでおろしました。
監督と思しき方からお話を聞くと、この子達は本来は2時間ほど前に出発した函館行きの最終の「スーパー白鳥」に乗って午後10時前に函館駅で解散する予定だったらしいのですが、新幹線のダイヤの乱れで乗り継ぐことができずに夜行列車に乗る羽目になったようです。みんなこの雪には「やられてる」のです。
こちらはというと近くにいた「札幌まで帰る」サラリーマン風の若者に「みんな函館で降りるらしいよ♪」と話しかけて、お互いに励ましあっていました。
通路にまんべんなく人は立っているものの、決して「すし詰め」までは行かない状態で「はまなす」は函館駅を出発しました。となると、この先函館までは人が増えることは無く、その函館からは座ってゆけるという安心感、満足感にみ満たされた気持ちになりましたが、そうなったらそうなったで、かのアドルフ・ヒトラーの言うとおり「欲望は膨張」するのです。
函館から先の着席が確保されると、次に「座席ではなくとも、なんとか函館まで座れないものか?」という思いがムクムクと首をもたげてきます。スーツケースでも持っていれば即座に椅子にするのですが、あいにく持ち物はリュックサック1個で役に立ちません。そこで「何か使えそうなものは無いか?」とキョロキョロと車内を見渡すと・・・・「あった!」
先ほどお話をしていた監督さんと思しき人の背中と座席の背もたれの間にでっかいスーツケースがありました。チームのメンバーが混み合った列車の中で着席しているので、網棚にのらない大きな荷物を通路に出すことをためらっていらっしゃるのでしょう。すごく「いい人」です。
そのスーツケースにはおそらくビブス、フラッグなどの「監督七つ道具」が入っているものと推測されますが、中身なんてどうでもいい!私はあのスーツケースを椅子にして座りたいのです。
しかしながら「そのスーツケース貸してください、座るから」とはさすがに言えませんからとんちの一休さんのようにひたすら脳みそを回転させます。そして「チーン」と鳴りました。

私:「列車が走り出しましたから、もう乗ってくる人も、車内を移動する人もいらっしゃいませんので、背中のお荷物を通路にお出しになってはいかがですか?」
監督:「いえいえ、子ども達がこれだけ多くの席に座わらせて頂いて、その上通路に荷物を置くなんて申し訳ないです。」
私:「通路にはまだ余裕もありますし、せっかく座れたのであればゆったりなさって下さい。」
監督:「いえいえ、こうやって座らせていただいてるだけでありがたいと思っています。」
私:「今日は子ども達の引率でお疲れでしょうし、明日もお仕事ですよね?ゆっくり体を休めるのも仕事の内ですよ。」
監督:「そうですかぁ?それではお言葉に甘えて」
と背中のスーツケースを通路に出されました。
私(心の声):「来いっ!来いっ!」
そして監督は通路に出したスーツケースを横にしました。
私(心の声):「来たっ!!来たっ!!」
監督:「よろしかったら、おかけになりませんか?」
私(心の声):「やった!!!やった!!!」
私:「えっ?よろしいんですか?ありがとうございます。」
と言って、近くのサラリーマン風の若者と「スーツケース椅子」をシェアして函館まで座らせていただきました。
立っていたときから比べると夢のような環境で、函館駅までうつらうつらしながら過ごしました。天国のような気分です。
そして、函館駅では笑顔で子ども達を見送って、念願の座席に座って帰って来ました。

当事は「生きる力が冴えた!」と思っていましたが、今どきの表現を使えば監督さんは私のメンタリズムにまんまとはまってしまったと言うことでしょうか?

そんな急行「はまなす」の思い出でした。


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