2002年5月



 エゾシカである。
 夕陽にきらめくオホーツクを背に、潮が満ちてきた岩礁に立ち身動きもしない。
 何かに怯えて逃げて来たのだろうか、それとも、海草の味を忘れられずに海沿いの道路を越えて来たのか.....。
 近くの林には、芽吹いたばかりの下草をはんでいる無数の仲間がいると言うのに、若いシカはひとりで岩の上にいた。耳と肩に緊張が見られるところから考え、おそらく、何かに追われての事だろう。
 だが、車を止め、数十分の間、見つめていた私には、溢れる光の中に浮かぶその姿が、長く厳しい冬を生き延びる事ができた事への感謝を、そして、再び春を迎えられた歓びを、太陽に報告しているように思えたのだった。
〈津田 典秀〉







ムツゴロウ動物王国「いしかわさんの命がいっぱい」

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